▼ ▲ ▼


ベージュをベースにした赤い屋根の小さな車はレスタルムで一念発起して買った念願のマイカーだ。インソムニアで乗ればそれはもうミニマムな可愛らしい車になるのだが、おそらくもうインソムニアに戻ることもなくなるだろう。後ろのシートを倒して、レガリアには載せきれなかった荷物を積み込み、運転席に乗り込んでエンジンを入れる。正常作動していることを確認して、隣にいるプロンプトを見た。

「忘れ物は?」
「うーん、ないなぁ」
「買い忘れたものは?」
「ない!」
「お手洗い」
「済ませた!」
「じゃあ出発するよ?」
「おっけー」

ノエルってお母さんみたいだよね、としみじみと呟いたプロンプトに鉄拳制裁を下し、ノエルはアクセルを踏み込んだ。レガリアでは乗れる人数が制限され、一人が別の方法でカエムに向かわなければならなかった。そこでノエルは貯金を引っ張り出して新しい車をその場で買い、プロンプトを誘って後続車で行くことに決めたのだ。前を走るレガリアはやはりイグニスが運転している。交通ルールと速度規制をしっかり守っているその後ろに付いていく。ラジオはつまんないよーと文句を吐いたプロンプトが、インソムニアで流行っていたアーティストの曲を流し始めた。そう言えばさ、CDケースをダッシュボードにしまいながら、プロンプトは口を開く。

「なに?」
「ノエルさぁー、」
「うん」
「ノクトとなんかあった?」
「……………」
「沈黙は肯定?」
「…………よく分かったね」

若干苦々しい顔をしているノエルを見て、プロンプトはへへと笑った。伊達にふたりの親友になってないよ、そう言えばノエルはそうだねー、とおざなりに返事をした。

「で、何があったの?」
「今それ聞くぅ?」
「参考程度に知りたいなーっと」
「えー、なんも面白くないよ」
「面白くなくてもいいから、はい言う」
「…………言いたくない」
「なにそれ、言いたくないことがあったの?それともされた?」
「プロンプトはなに?エスパー?」
「ええっ?うそぉ!あのノクトだよ?ノクトが!?」
「あいつのお陰でいま私は気まずすぎてアイツに話しかけたくないし近づきたくない。顔見れない」
「えぇー、ノクトなにしたのー」

なんだろーなー、と楽しそうに考えるプロンプトをちらりと見て、ノエルは小さく溜息を吐いた。レモンを漬け込んで作った果実水を一口飲もうとボトルに口をつけたノエルに、あっ!と愉快そうなプロンプトの声がする。

「ちゅーしちゃった、とか!」
「ぶっ!!?」
「ちょっ、汚いって…わわっ、前!前!ハンドル!!」

ぐらりと車体は大きく揺れて反対車線へと飛び出した。危うく対向車とぶつかりそうになったのを戻しながら、ノエルはポケットからハンカチを取り出して顔を拭く。

「ノエルー?大丈夫ー?うーわ、顔真っ赤じゃん」
「うっさいわチョコボ頭」
「えへへ〜………って、え、何それ鳥頭ってこと!?ってかなに!?ノクトとキスしたの!?」
「うるっさい!!」
「したの!?」
「したの!!悪い!?」

うっそぉー!ノクトやるぅ〜。驚いた顔をしたプロンプトは、いやでもなぁ、と顔を顰めた。

「でもなんで今更」
「ほんとそれ」

前の車に座る四人は楽しそうに話している。本当に今更だよ。あの大馬鹿者。ポツリと口から出た言葉に、プロンプトはそうだね。と小さく返した。ふと振り返ったイリスと目が合った。ニコニコと笑いながら手を振るイリスに手を振り返し、車内に沈黙が降りる。あ、プロンプトが小さく声を上げてポケットからスマホを取り出した。

「ゲームの体力消費しとかないと」
「ゲーム脳」
「ノエルもやろーよ、って、運転中か」





ノエルに手を振り返してもらったイリスは座席に深く座り直してからところで、と助手席に座るノクトを見た。んだよ、スマホから顔を上げて、ノクトはイリスを振り返った。

「ノクトさ、あの日ノエルさんに何したの」
「……へ?」
「ノエルさん、泣いてた」
「お前、ほかの女ならともかくノエル泣かしたのかよ」
「最低だな」
「お前ら!」

別に、泣かしたつもりはねーよ。車の外の風景を眺めたノクトに、じゃあ何をしたつもりだったんだよ、とグラディオが聞けば、意思表示、と小さな声が帰ってきた。意思表示ぃ?お前まさか、信じられないようなものを見るような目で見てきたグラディオは、大方察してしまったのだろう。はぁ、と大きくため息をついてそりゃねーわお前、と呆れた顔をした。え、ノクト何をしたのかお兄ちゃん分かるの?おしえて、とせがむ妹にノクトのやったことを耳打ちすれば、えぇー、と非難の声が上がる。じっとこちらを見つめるイリスにノクトがたじろぐ。悪いのかよ、そう言ったノクトに悪い!とイリスが叫んだ。

「三点!」
「まってそれ何点満点中だよ」
「百点」
「は?そんなに少ないのかよ!」
「本当はゼロあげたかったんだけど」

まぁ言えただけでも点数をあげる!胸を張ったイリスに、イリスは優しいな、とイグニスがコメントする。イグニスも察したらしい。お前だったら何点つけるんだよ。ふってきたノクトに、イグニスはしばし考え込んだ。

「マイナス、百点」
「……………は?」
「よく言ったイグニス!」

カラカラと笑ってバンバンとイグニスの肩を叩いたグラディオは、ふとなにかに気づいて顔を上げた。空を見あげれば、遠くからなにかがだんだんと近づいてくる。帝国の飛行基地だった。ドクトゥスの敵討ちをしよう。飛行基地を睨みながら言ったノクトに、異議を唱える人はいなかった。後続で走るノエルとプロンプトに合図を出して、一行は途中の休憩所に立ち寄った。軽く作戦を立てて、夜の基地に侵入する。イグニスとノクトがカリゴの後を追い、ノエルはプロンプトとグラディオと陽動で前に出ることとなった。警戒してやってくる敵をいなしながら、お前も大変だな、とグラディオが大剣を振るった。帝国軍が一斉に吹き飛ぶ。なにが!レイピアで一体一体確実にトドメを刺しながら、ノエルは返した。

「ノクトの事だよ」
「なんで!」
「見てりゃなんとなく予想はつくぜ」

で、お前はどうなんだよ。聞いてきたグラディオに、分かってるくせに、とノエルが顔を顰めた。

「その話はもうしばらく聞きたくないっ、ふっ!」
「おぉ、そーかよっ、と。けどなお前」
「っ、何!」
「いつまでそーするつもりだぁ?っと、」

プロンプト、援護はどーした!大声で叫んだグラディオに、お二人さん、話しながらでよくやるよねぇとプロンプトが弾を打ち込む。しばらくしてできた帝国兵の山の上に立ったノエルは、いつまでねぇ、と呟いた。少し向こうから上がった発煙筒に、ノクトがカレゴを捕えられたことが分かった。グラディオと並んで歩き出したノエルは、そうねぇ、と空を見上げた。

「あとちょっと」
「お?」
「心の整理つけたいから」
「おー、そうか………フッてもいいんだぞ」
「んー、それもいいかも」

考えとくね。楽しそうに言ったノエルに、グラディオは小さく笑う。横でプロンプトが慌てたようにウソだよね!?と叫んだ。





「ヴェスペル湖か」
「あそこって今、帝国に封鎖されているんだよね?確か」

カエムの岬に着いたのはいいのだが、肝心の船は未だ補修中。モニカやダスティンが駆け回ってくれたため、大体の部品は集まったのだが、唯一見つからなかったのがミスリルというものらしい。そんな話をタルコットから聞いた五人は、顔を見合わせた。善は急げ、見つかるものなら今すぐでも見つけてこようと行動を始めようとしたノクトに、グラディオが少し外させてほしい、と切り出した。予想通りの展開であったため、ノクトは特に異議を唱えることは無かった。しかしここまでは良かった。修行に出かけたグラディオを見送り、さぁ今度こそ気を取り直して行こう、と歩き出した三人に、ノエルが待ったをかけた。

「私パス」
「え、」
「カエムに残る」
「嘘でしょ!」
「ほんと。だから三人で頑張ってきてね」

誰かさんは反省しながら頑張ってきて。ひらひらと手を振ったノエルは、じゃ、と三人に背を向けて家の中に入って行った。行かないの?驚いた顔をしながら聞いたイリスに、ノエルはまぁね、と憮然としながら頷いた。

「帝国とはしばらく会いたくない」
「あぁ、そうだよねぇ」

パタンと目の前で扉が閉まる。呆然と立ち尽くしたノクトに、まぁ、反省会でもするか、とプロンプトがそっとノクトの肩に手を置いた。カエムの岬の前から離れたレガリアを部屋の窓から見ていたノエルは、はぁ、と大きく息を吐き出した。知らずのうちに気を張っていたらしい。ボフンと柔らかなベッドに寝転がれば、コンコンとドアをノックされた。どうぞ、と声をかける。イリスが顔を覗かせた。手には大量の布や綿がある。聞けばこの間に貰った花のお礼がしたいらしい。

「よし、手伝おう」
「ほんと!うれしい!」

えっとね、とモーグリーの型紙を出したイリスと一緒に、ちまちまとぬいぐるみを縫っていく。今まで日々帝国軍の襲撃に気をつけながら旅をしていたから、こうやっておしゃべりしながらゆっくりと時間を過ごすのは久々であった。女の子同士でしかできない会話を堪能しながら、ゆっくりと一日を過ごす。スマホをチェックし、インソムニアの外に逃げた友達から届いたメッセージを返信する。モニカとおやつを作り、ジャレットと祖母と一緒に畑をいじる。土まみれになりながら三人でくだらないことを言いながらカラカラと笑っていると、ポケットに入っていたスマホが鳴った。電話をくれたのはホリーで、どうやらレスタルムにある発電所でトラブルが起ったらしい。まぁ一日でも羽を伸ばせる日があったからいい方かな、そう思いながらノエルはレスタルムに向かう準備を始めた。
休息